« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019.03.31

巴里見聞録(その53)

Img_1360

Jardan du Paris Royalから Les Galerie de Chartresを抜けて、Comêdie-Françaiseに到着。ここ、今でも使われているんですね。ちょうど商用撮影中でした。キレイなモデルさんをプロフェッショナルカメラマンが撮影。近くには行けない感じ。街灯のデザインがいいですね。夜にここを歩くとどんなかんじなんでしょう?気になりました。

 

201809141501

さてここから、フジテレビのTVドラマ"のだめカンタービレ"ロケ地巡りに趣旨かえ。だんだん、土地勘がついてきました。もう、この当たりだったらGoogle Mapに頼らずとも歩けます。Rue Saint-Horé,Rue de Rohan,Place du Carrousel,Pont du Carrousel,Quai Voltaire,Rue du Bac,Rue de l'Universitéと歩き、千秋様のお宅の舞台だった、台湾領事館に到着です。

Img_4863

台湾領事館
78 Rue de l'Université, 75007 Paris,France   

ドラマの中では、千秋様のお母さんが、音大生に貸しているアパルトマンで、千秋とのだめもここに住んでいるという設定。この領事館、まだ、業務時間中だったので、表戸が開いていて、中が見えました。むすめさんのテンションがあがってきたような。。。

 

 

 

| | コメント (0)

2019.03.21

巴里見聞録(その52)

20180924141

その後、Galerie Vivienneから、ヴィクトワール広場のルイ14世に軽くごあいさつ。

 

Img_1348

Banque de Franceの前を通り、Rue du Colonel Driantに面したビルに描かれた壁画が、気になりました。調べてみると、パリ在住の日本人アーティスト黒田アキ氏の作品。けっこう有名な話?芸術がこんな街なかに生きているんですね。

 

Img_1352

Jordan de Palais Royalに到着。ここは、定番の観光コース。いろんな人が思い思い、時間をすごしていました。ダニエル・ビュラン作のLes Duex Plateaux白と黒の円柱が格子状に配置された広場で、皆様、おのおののポーズをつくり写真を撮っていました。となりのお兄さんは、スマホで自撮り中。円柱から円柱に飛び移る様子を撮っていました。そのむこうでは、おばさんが円柱から飛び降りる瞬間を撮る様子。そのおばさんが円柱から飛び降りると、ドスンとすごい音がしていました。もう少しおとなしいカップルは、円柱に座る女の子を男の子が撮っていたり。

ここ、本当は現代美術作品の展示スペースだとおもうんですがね。

Img_1357

| | コメント (0)

2019.03.17

巴里見聞録(その51)

Img_1339
Passage JouffroyPassage des PanoramasGalerie Vivienneと、三本のパサージュを体験しました。パサージュの中にはいると、なんか空気が淀み、時間がとまっているような感覚とともに、どこか遠い過去にタイムトラベルした感覚になりました。そんな感覚を感じるのは私だけではないようです。
鹿島茂さんの「パリのパサージュ―過ぎ去った夢の痕跡」という本を読み、パサージュについて教えてもらいました。パサージュ、フランス語での正式な名称は「Passage couverts(ガラスで覆われたパサージュ)」。パリに現存しているPassageは19あります。
19.Arcades des Champs Elysees
古いモノは1800年の開設。そのころ日本は、江戸時代。東海道中膝栗毛が出版された前後。かたや、巴里は、産業革命の洗礼を受け、いろんな思惑をもった人たちによって、鉄とガラスでできたパサージュの建設が始まった。しかし、オスマンのパリ大改造によって、乗合馬車から鉄道、パサージュから百貨店への、人の流れの変化とともに忘れられていき、33年前、1982年にベンヤミンの「パサージュ論」出版によって、21世紀によみがえってきた。
1927にドイツからパリに来ていたヴァルター・ベンヤミン。ベンヤミンは、まだ残っていたパリのパサージュを歩き廻り、国立図書館で古い資料を漁って、近代社会のすべての思想的潮流はパサージュの建設に始まることを証明する大作「パサージュ論」のためのノートをとり続けた。この走行は、ナチスに追われたベンヤミンの自死(1940)により盟友ジョルジュ・バタイユの手で国立図書館に隠された後、戦後に発見されて、親友のアドルノのもとに送られ、1982年に至って、ようやくズールカンプ社から刊行されることになる。(引用:鹿島茂・パリのパッサージュ)
Passageが多く存在する、2区、3区は、Saint Germain D'Présとは違った雰囲気を感し。オスマンがパリを大改造する以前、中世以来そのままのパリが眠っていて、どうもなにか、違う地霊(ゲニウス・ロキ)が住み着いている気がしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019.03.13

巴里見聞録(その50)

次に目指したPassage Galerie Vivienneです。


Img_1335
ここ、旧パリ証券取引所・Bourse des Valeuretは、旧サン=トマ女子修道院(ドミニコ会)跡地。のちに、王党派が本拠としていた土地。ここに、ロー銀行、マザラン邸と移ってきた証券取引所が落ち着き、そして今はデファンス地区に移っていた。

2018092514
そんな歴史を横目に、Ru de Vivienneをまっすぐ歩きました。

Rue du Quatre Septembreを渡り、ようやく、Passage Gallary Vivienneに到着。この入り口、いわゆる裏口のようです。
Img_1338

このPassageは足下のタイルがきれいなんだと聞いていたので、下を見てみました。確かに、素晴らしく巧みな古代ローマ風のモザイクタイル。G・ファッチーナ(Giandomenico Facchina)の作。
Img_1340

一部は修繕中のようで足場が組まれていました。そこの前に、フランス老婦人の方々の集団、ガイドさんの話を熱心に聞かれていました。ご婦人方の横を、Pardonといって、通らせていただき、先に進みました。
Img_1342

すると、むむむ、面白そうな雑貨屋「aBis」さんを見つけました。

娘さんは、この店で、狙っていた金の雪が舞うエッフェル塔が入っているガラスドームを見つけました。ドアが閉まっていたのですが、”何かあったら横のベルでお知らせください”と書いてある手書きを読んで、横にあったベルを鳴らしたら、店の二階から店員さんが降りてきました。
2019092515

■aBis
24 Galerie Vivienne - 75002 PARIS
Téléphone : 01 42 96 54 76
Email : abis212@orange.fr
Site web : abis.magasins-paris.com


この店員さん、映画ハリーポッターのトレローニー先生のような雰囲気の方。無論、髪型は全く違うのですが。
Img_1344


お店の中も、面白いモノでいっぱい。夢のような空間です。外では、地元の小学生が、店の前にたくさん集まってきて、店の人に手を振っていました。店員さん曰く、いつもお店に来てくれる子達なのだとか。
Img_1345

ここ、Passage Gallary Vivienne.は現役バリバリ。パリのみなさんの生活に必須な通りのようでした。
Img_1346

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019.03.10

巴里見聞録(その49)

Img_1329
Passage Jouffroyのむかいにあったパッサージュは、Passage des Panorama
パリで最古のパッサージュだったんですね。オープンは1800年。

こちらのパッサージュはレストランがならんでいるパッサージュでした。
Img_4853

お昼をすぎてしまったけど、まだ、昼食前だったので、レストランを物色。少し見て回ってからお店を決めることにしました。その中のひとつ、Canard & Champagneに入ることにしました。Canardって鴨のことですよね。うっかり、忘れていました。

20180924101
テラス席と屋内席があったのですが、ギャルソンサンの目が届くのは屋内の方だろうと読んで、屋内に入ることにしました。3人ですというと、紙を短く刈り上げサクサク動くベトナム人系ギャルソン兄さんが一番奥の席に通してくれました。どこの店も我々を置くに入れるんですね、日本人だからかしら?
周りは近所の事務所で働いている方々の様子。お昼休みは2時まで組と、二時半まで組みがある様子。二時半を過ぎると、店内、だいぶ空いてきました。

Img_1332
ギャルソン兄さんに三人バラバラのオーダーをしたから、混乱させてしまったかしら?

娘さんは鴨肉のハンバーガーランチを注文。
Img_4854

かみさんは、ランチのサーモンを、私は、ランチのサーモンと白ワインと、デザートを注文。
20180924102

デザートに頼んだ料理は、娘さんと私で違いました。私はチョコレートムース、娘さんはソルベ。ソルベのシャーベットは不思議な味がしました。ハーブが混じっているのだと思います。後味が爽やかでした。
Img_48572

チョコレートムース、こってりと、ココアパウダーがのっていて。美味しゅうございました。
Img_1334

ここのトイレは地下1階。チョークで書いた落書きがたくさんありました。よく見ると、チョークが置いてあって、落書きを進めている様子。ここは、フランスの数学の大家、デカルト、オイラーに経緯を表し、オイラーの公式を書いてきました。あれ?オイラーはドイツ人だったかしら?

そう、この店、シャンパンのリストがしっかりしていました。それはそうか!シャンパンの店ですものね。ここで、この店のもう一つの自慢は鴨,Canardと気がつくべきでした。テラス席では、老夫妻がゆっくりランチを赤ワインを飲みながら楽しんでいました。肉を食する事を大事にしてるんだなあ、と思いながら、老夫妻を眺めていました。彼らが食べていた肉、ずいぶん赤身の肉だなな、とボーッとみていました。いや、あれが、鴨肉、Canard、ここの店の名物料理だったのんですね。サーモンもハンバーガーも美味しゅうございました。この店、もう一回、来てみたいです。柱の木目に歴史が刻まれていました。釘穴や扉をとりつけてあったちょうつがいの跡とかが判るんです。今度こそ鴨肉をたべなきゃ。ここだったら、鴨のコンフィもあったのかしら?じゃない!鴨のコンフィが名物料理の一つだった。あーーーー。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019.03.07

巴里見聞録(その48)

Img_1322
Passage Jouffroy,ここはまさにラビリンス。迷宮に迷い込んだように、目がクラクラしました。時代がとまっているような、おもちゃ箱をひっくり返したような感じ。
個性的なお店がならんでして、おもしろくて、いつまでも見続けられます。雑貨はかりだけど、その一品一品が輝いていました。決して、すべてが新品というわけでもないのですが。

Img_1323
娘さんが行きたかった店は”Paris est toujours Paris".というなの雑貨店。こういう感覚は日本人もフランス人も一緒なんだなあ。と、思いました。ベレー帽をかぶったおじさんが丁寧に挨拶してくれたのも、このお店。わざわざ、名刺までいただいたもの。ベレー帽は従軍した際に、軍で配給されたものです。と、説明いただきました。

Img_1325
そのとなりの "Pain d'Epicies"も楽しいお店でした。

Img_1324
Doll house用の小物が沢山おいてありました。

Img_1327
この写真の置くに写っているHotel Chopinはブラタモリでタモリさんが階段でこのパッサージュの地下にある通路に降りるときにお邪魔したホテルです。この写真には写っていませんが、ケーキ屋さん"Le Valentin"のショーケースに沢山スイーツがならんでしました。本当においしそうでした。日本人のパティシエさんも働いていらっしゃるようです。

Img_4849
そうそう、この通りでみつけたお菓子屋"La Cure Gourmande"さん。ここで、おみやげ用のクッキーとカリソンを買いました。店員さんが女子大生くらいの女の子。この子にも丁寧に対応してもらいました。あれ、ここ鉄板のお土産屋さんだったんですね。

Img_4851
Passage Jouffroy、とても名残惜しかったのでしたが、そのむかいもPassage。おもしろそうなので、むかいのPassageに渡ってみることにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019.03.05

巴里見聞録(その47)

Img_1321

Lafayetteでお買い物のあとは、Passage巡りをすることにしました。最初の目標はPassage Jouffroy。Lafayetteからはオスマン通り/Boulevard Haussmanをまっすぐ進むだけだし、歩く時間も数分のようだったので、そのまま歩いてみる事にしました。さすがはパリの銀座、人の出が賑やか。お店もLafayetteの周りは観光客目当ての店が多かったものの、少し歩くと落ち着いたCafeもありました。おっと、スターバックスもありました。

オスマン通りをあるいていると、ちょうど、建物と建物の間から、サクレ・クール寺院が見えた場所もありました。こういう所のように、近くの建物の間から、遠くの建物が重層的に見えるのがパリの風景を面白くしている気がします。これもオスマン知事が手がけたパリの都市計画による意図的なものなんでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »