2018.02.04

ボストン旅行(完)

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Boston旅行記を5ヶ月に渡り、お伝えしてきました。いろんなことが印象に残りました。

Bostonに行ってみて、”自由”って何だ?と感じました。”自由”って外から与えられるものではなく自ら獲得する権利なのでしょう。ピューリタンが入植したばかりの頃のBostonはニューイングランド。英国の一部として英国の保護下の元にあった土地。しかし、時代が経つにつれ、自分の事は自分で決めたいと、母国と戦い、得たもの。いろんな人同士が、コミュニティーの場、教会だったり、集会所だったり、議会だったりに集まり、考えを直接、ぶっつけ、自分たちがきめたこととして納得し、皆を尊重し、次の方向を決めていったはずです。そういう根っことして”自由”がうまれたと感じました。

次に感じたのが、日本の存在。
Boston滞在中、日本の存在をほとんど感じませんでした。かりに、日本が世界からなくなっても、ここBostonの人は何も困らないはずです。日本人として日本国内に住んでいると、日本って世界にとってなくてはならない国に思われるけれど、世界的にはそんなことまったく思わないで生活している人たちがたくさんいることに気がつきました。

さらに、Bostonという街が、コンパクトなこと。
滞在中の移動は、歩き+地下鉄を数駅使うだけで、済みました。けっして、見知らぬ土地の旅行者だから、というわけではないでしょう。コンパクトシティーという考え方があるようです。都市機能を街の中心部に集約し自動車を排除する考え方。日本でも、ドーナッツ現象への解決策として地方都市への適用が始まっていますが、成功とも失敗とも言われているようです。私は、人の顔が見え、お互いが、なにを考えているのかがわかり、交流をとおして知的に刺激しあい、より人らしい生活を暮らす場として、コンパクトな街を目指すべきだと思いました。

LIFE SHIFTの著者Lynda Grattonは、柔軟性に富んだ「スマート・シティ」が台頭する。と、主張しています。アメリカでは、デトロイトのような工業都市が衰退する一方、ボストンのようなスマート・シティが経済的に反映し、人口が増加しているそうです。ハーバード、マサチューセッツ工科大などで教育を受け、質の高いアイデアと高度なスキルをもった人材クラスターが中心となり、Bostonが、全米展開企業を呼ぶよせています。GEは拠点を建設中、アマゾンもBostonに第二本社を創ろうか考えているようです。西海岸には、Bostonのようなスマート・シティとしてポートランドがあるようです。ポートランドに興味を持ち始めました。また、Bostonに集まるIT企業が目指すAIの領域にも興味を持ち始めました。

最後に、5ヶ月にわたり、お付き合いいただき、ありがとうございました。記載した記事のリンクを集約しておきます。Bostonとのつきあい、まだまだ続きそうな予感がしています。

そして、最後の最後に。
Lonely Planet Boston!
あなたに感謝します。滞在中、本当にお世話になりました。
あなたなしでは、まったく右も左もわからなかったでしょう。

無論、帰りの便のAmarican Airlineにも感謝。あなたなしでは、日本に帰れませんでしたから。
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■ボストン旅行■
ボストン旅行(その21)
ボストン旅行(その20)
ボストン旅行(その19)
ボストン旅行(その18)
ボストン旅行(その17)
ボストン旅行(その16)
ボストン旅行(その15)
ボストン旅行(その14)
ボストン旅行(その13)
ボストン旅行(その12)
ボストン旅行(その22)
ボストン旅行(その10)
ボストン旅行(その09)
ボストン旅行(その08)
ボストン旅行(その07)
ボストン旅行(その06)
ボストン旅行(その05)
ボストン旅行(その04)
ボストン旅行(その03)
ボストン旅行(その02)
ボストン旅行(その01)
ボストン旅行(その00)


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2018.01.28

ボストン旅行(その21)

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最後の朝は、三時頃に目が覚め、記憶が薄れていく前に、今回の旅での出来事を書き留めようとノートをしたためていました。
七時半、ロビー階のレストランOne Avenueに降り、最後の朝食です。サービスのイタリア系の渋いおじさんが、我々が日本人であることを知ると、2年前、日本航空のボストン直行便が開通したときは、日本航空の人たちがたくさんこのホテルにとまってくれた、最近は使ってくれなくなった。と、教えてくれました。
確かにこのホテルに滞在している間、エレベータ前でルフトハンザや他の航空会社の制服をきた人たちと、よくすれ違いました。空港から、まっすぐこれるところに、このホテルがあるから便利なのでしょう。このおじさん、朝食代を一人分タダにしてくれました。ありがたいです。アメリカ人でも、おもてなしの気持ちを持っている人はいるもんですね。

さて、レセプションでのチェックアウトはすんなり完了。なにも問題はなく。クレジットカードの与信枠でそうとう、騒いだのですが。海外旅行に出るときには使うお金の量がふえるので、クレジットカードの与信枠を事前に確認すべきですね。


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帰国の空港に向かう前、タクシーで、娘をボストン郊外の学校寮へ送ることにしました。ただ、このタクシーの運転手のおいさん、気はいい人のようだけれども、耳は遠いし、ボストン郊外には詳しくないようだし、大丈夫なのかなあ?むすめの寮のところはもうBOSTONとは呼ばないと言い出すし。
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とりあえず、高速道路にあがりました。見慣れたBostonの街並みが対岸に遠ざかりました。


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道路沿いにスーパーが並ぶ、いわゆるアメリカのダウンタウンが現れ、


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さらに、10分くらいで、慣れ始めたBOSTON市街の風景は遠ざかり、立派な戸建ての家が建ち並び、ジョギングをしている人たちをたくさんみかける、アメリカ郊外の風景が広がってきました。


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娘の寮のそばにきたようです。運転手さんに、寮の住所を、再度教えました。でも、どこか、道路がわからない様子。いつの間にか、Android携帯でGoogle Mapを開き、GPSで現在地を把握しながら、運転手さんをガイドしていました。運転手さんと二人で協力し、寮を見つけ、無事、娘を送り届けることができました。


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さて、空港にむかいます。30分程度のドライブの途中、なにげに外をながめていたら、なにか、おおきな動物が、道路を歩いていました。犬?そうではない。鳥でした!七面鳥でした!七面鳥が道路を歩いていたのには驚きました。


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搭乗する飛行機は、JALとAmerican Airlineのコードシェア便でした。空港に近づいたあたりで、運転手のおじさんに”American Airlineにのるから、Terminal-Eに行きたい!”というと、おじさん、”いや、American AlirlineならTerminal-Aだ。”といって、ききません。”我々は日本に帰るのだ。だから国際線に乗るのだ”。といって、ようやく、タクシーのおじさん、状況を理解し、我々をTerminal-Eに連れて行ってくれました。いやいや、気はいい、親切なおじさんとの小旅行でした。ありがとうございました。お世話になりました。


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空港には9:30ころ到着。まだ、JALのカウンターが開いていませんでした。カウンターが開く10:30まで待ちです。仕事がひとつありました。行きはエコノミークラスできたけれど、大変しんどかったので、できれば、プレミアムエコノミーにアップグレードしたかったのです。カウンターが開いたので、プレミアムエコノミーが空いているか、聞いてみました。一人$400でアップグレード可能とのことです。迷わず、お願いしました。ただ、JALカウンターの業務端末だけでは変更出来ず、American Airlineカウンターにつれていかれ、無事にプレミアムエコノミーエコノミーのチケットを入手しました。


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ボストン空港、この日は、人が少ないせいか、セキュリティチェックが簡単に終了し、セキュリティエリアに11:00前には入ることはできました。タコマ空港、サンフランシスコ空港、それにヒースロー空港ではセキュリティを通過するのに、2−3時間は、かかっていたので、なんか、表紙抜けでした。世界中、いつでもどこでもの、スターバックスで、お茶をしながら出発を待ちました。


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出発のアナウンスとともにさて搭乗開始です。
さあ、いよいよ、帰国です。

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2018.01.20

ボストン旅行(その20)

Gyukaku
三日目のお昼は、前日夜に見つけていた、GYU-KAKU HARVARD SQUAREに行ってきました。
HARVARD SQUARE – CAMBRIDGE, MA
16-18 ELIOT ST. 2ND FLOOR
CAMBRIDGE, MA 02138
(857) 259-6666
そう、アメリカのここ、ボストンに日本の牛角が進出していたのですよ。

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”イラッシャイマセ!”
店内に通されると、日本語でお声をいただきました。
お店は、若者で、けっこう繁盛していました。

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"BBQ"と箸袋に書いてありました。BBQね。。。

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さあ、何をたべましょうか?いただいたメニューはすべて英語です。当然か。なんか焼き肉とは違う料理のように感じてしまいます。

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キムチ、わかめスープ、ハラミ、カルビ、タンをいただきました。
どれも美味しゅうございます。
日本の肉、アメリカの肉、味の差を感じません。
お見それしました。

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それに、ビール(サムエルアダムス)とウーロン茶。
おっと、シメに頂いた、白メシ一杯とラーメンも美味しく、いただきました。

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日本の味でしたね。安心し、大変満足し、お店をあとにしました。ごちそうさまでした。

地下鉄RedLineでDownTown Crossing St.にもどり,一路ホテルに。おっと、Room Keepingがおわっていないようです、終わるまで外にでましょう。

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Washington St.を歩いていると、Boston Commonからのデモ帰りの人たちにすれ違いました。道路には牛乳が散乱していました。道路を、白バイ警官隊が道路を走り、空を、ヘリコプターが飛び、近くでデモが行われていたことを、ヒシヒシと実感しました。日本人、やはり、危機感には鈍感なのでしょうか?

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ということで、Boston Common Coffeeにはいりました。カウンターでお店のお兄さんと軽く会話。日本人か?と聞かれました。なんで判るのだろうとおもったら、支払いのクレジットカードに印字している氏名が母音ばかりで、日本人とおもったそうです。お店はラフなつくりだけれど、けっこう混んでいました。オバサンたちがテーブルコーナーの真ん中に陣取り、お話に夢中でした、これは古今東西、共通の風景なんでしょう。

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ホテルに戻ってきたら、ホテルの前がなんだが賑やかです。なんだろうと、思って行ってみたら、ウエディングドレス姿のお姉さんが、おとうさんとおぼしき人とホテルに入っていくところでした。ボストン市警察の自転車隊のオジサン達も祝福してくれて花嫁さん、大変幸せそうでした。ここは平和な空間でした。末永く、お幸せに。

さて、滞在最終日の夜。荷造りを始めないと。

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2018.01.14

ボストン旅行(その19)

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ボストン滞在も3日目。かなり土地勘がついてきました。朝、ホテルの部屋で、地元TVを見ていると、ボストンコモンズから、Charlottesvilleに始まった白人至上主義反対を唱えるデモの様子を中継していました。たしかに、ホテルからボストンコモンズをながめると、上空をヘリコプターも飛んでいましたし、在ボストン日本領事館はホームページに注意喚起を出していました。そこで、3日目はボストン中心部をさけ、ハーバード大学に行くことにしました。

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Downtown Crossing駅でRedLineにのり、

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Harvard駅で降車。Harvard駅は、結構おおきい駅でした。地下鉄をおりてから地上にでるまで、幅の広い地下通路を結構長い間、歩きました。平日の朝晩はダウンタウンへの通勤客で混雑するのでしょう。

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ここは、Harvard Square Subway Kioskです。地上出口をでて、さっそく、このKioskが目に入りました。もっと古ぼけた、汚いところなのか、とおもっていました。しかし、なかなかBrand New。朝ごはん、お昼、三時のおやつ、などなどで、ここ御用達の方がたくさんいるんでしょう。ハーバード大学のある、この辺りは「ハーバードスクエア」といわれています。学生街には、洋の東西をとわず、独特の雰囲気があります。母校、仙台の片平に似た雰囲気がしました。

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教科書を持ち込む古本屋さん、Raven Used Book。もう本が山積みでした。だけど、文系の書籍がほとんど。徹頭徹尾に理系の私にとっては興味を引くところがすくなかったです。

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コーヒーやケーキの美味しい喫茶店、Tatte。この店で、ケーキをたべて、ゆっくりしてくるんだったなあと、深く後悔しています。

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おそらくハーバード大学演劇サークル部員の舞台である小劇場、Havard square thater。ここは、リニューアルされるようです。



ちょっとお土産を探してみました。立ち寄ったお店は、Cardullo's Gourmet Shoppe。
間口は狭いのですが、奥がありました。ワイン、チョコレート、クッキーなど日本で言えばカルディのようなところ。ここ、FaceBookページももっているんですね。This photo of Cardullo's Gourmet Shoppe is courtesy of TripAdvisor

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大学生協にも、お邪魔してきました。スクールカラーをふんだんにつかった生協の衣料部も拝見。トレーナー、Tシャツ、いろいろありました。ここのスクールカラーはクリムゾン/臙脂色。早稲田大学と一緒ですね。私の高校もこの色でした。

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ここは、新しい学期の教科書や学部の専門書を棚に置く生協の書籍部。以前から気になっていた本がないのかな、とおもたのですが、馴染みのない本屋さんなのでどちらに何があるのかわかりません。店員さんにどこに置いてあるのか?訪ねて見ました。すると、店員さん、端末を叩いてくれて、在庫があるよ、この棚の場所にあるよと、棚の場所につれていってくれました。購入した本は以下2冊。
■Lectures on Quantum Mechanics/Steven Weinberg


■Site Reliability Engineering: How Google Runs Production System/Oreilly


おっと、まだ読了していないなあ。

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キャンパスの中はこんな雰囲気。木陰では論議が進むのでしょう。秋口には紅葉がきれいなのでしょうね。

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学生さんがキャンパス内を説明してくれるツアー中のようでした。左隅にみえるブロンズ像が大学創始者のハーバードさんの像。

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ここは、Widner Library。1915年6月24日の卒業式で、正式開館されたそうです。Widnerは卒業生の名前。1912年、タイタニック号の沈没により死亡した、ハリー・エルキンズ・ワイドナー(ハーバード大学卒業生)の親が、本を集めるのが好きだった彼を偲んで、大学側に図書館建設費を寄贈したそうです。母校の高校の図書館には、寄贈した人の名がついた本棚がありました。規模が違います。

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涼しさとトイレをもとめキャンパス内を移動し、Harvard University Science Centerに到着しました。ロビーには、真空管で作成した世界で何番目かの計算機Mark-Iがあり感動。スイッチで動作する計算機の存在を書物では知っていましたが、実物をみたのは初めてでした。

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また、頭上にはSp2混成軌道をモデルにしたモノエタノールアミンの分子模型が展示されていました。John Robinsonさん作成。このセンターは本当はもっと長居したかったです。環境が学生をそだてるのか、学生が環境をととのえさせるのか、お互いの相乗効果なのでしょう。こんな環境で勉強できたら、たのしいでしょうね。

お腹がすいてきました。お昼にしましょう。ここハーバードには牛角があるのです。ハーバード訪問の本当の目的は、ここでお肉を腹一杯たべることなのでした。つづく。。。。

ところどころの、ピンボケ画像、すみません。

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2018.01.08

ボストン旅行(その18)

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Beacon Hillsからホテルに帰る途中、Boston Commonsを通りました。Commons、地元TV曲の中継車がとまっていて街の人にインタビューをはじめていたり、警察がバリケードを作り出していたり、物々しい雰囲気に変わっていました。

ホテルの部屋に戻ると、ホテルからレター。
「明日は、Boston Commons で2.1万人規模の大規模なデモが開かれるCharlottesVille デモ事件の影響。Boston Commonsは明日は利用を避けるべきです。」
と、書いてありました。

ここまではフムフム。

続きのパラグラフがありました。
「ホテルの誠意を示すために、2名を2泊 Welcomeストロベリーシャンパン付きでご招待します、抽選の上。応募にあたっては、部屋番号とメールアドレスを書いてReceptionに提出してください。」
と、かいてあるのです。

これってうがった言い方をすると、
「ホテルはレターを出した。お前は見たよな。ホテルは注意喚起をした。その上で、明日、お前がデモをみに行き、事故にあっても、ホテルは一切関知しない。」
と、いうエビデンスでしょう。さすが、訴訟と自己責任の国、アメリカ。アメリカという国の冷たい、別の面を見ました。
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2018.01.03

等々力渓谷をいく

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正月三が日はパワースポット巡りが昨年から恒例になってきました。昨年は鎌倉の長谷寺へいったので、今年は、等々力渓谷と等々力不動尊を訪れてみることにしました。

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東急大井町線等々力駅を降りると目の前に茅葺きの民家が。
鈴木さんち?とか。

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そのすぐ横、成城石井をこえると、等々力渓谷への入り口が、見えました。ここから、かなりおりていきますね。10メートルくらいおりましたかね。この季節、どなたも等々力渓谷など訪れないのかしらと思っていあのですが、けっこう、人が来ていました。

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渓谷に降りると、そこは一気に静寂な世界。とても世田谷の街の中とはおもえない自然が広がっています。欅、樫、楓などの木々がのびのびと枝をのばしています。葉を落とした木々のあいだから冬の日がこぼれおち、渓谷とは言え、風もなく、とても明るい谷でした。

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等々力渓谷は国分寺崖線の南端にいちしているのですね。渓谷を歩いていると地層が見えたり、湧き水が湧いていたり、鳥が泳いでいたり。夏の時の印象とはかなり違うのでしょうね。トチの木の下にはどんぐりがたくさん落ちていました。

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渓谷の終点は等々力不動尊。渓谷から階段をあがっていくと、境内に。普通に初詣にきている方々と、ここで合流です。その横に展望台がありました。見渡すと、紅葉の木が多かったです。紅葉のころは素敵なのでしょうね。

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不動尊の隣には立派な松がそびえていました。
いと、すがすがし。

私の干支は本当は、わんこなのかもしれません。
一日中、家の中にいる気分になりません。
一日に一回は外にでたい性分です。
ただ、風が冷たかったです。。。。

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2017.12.30

ボストン旅行(その17)

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Beacon Hills,ここはマサチューセッツ州議事堂の裏。自動車が行き交うボストンコモン、パブリックガーデンを過ぎ、チャールズ通りをのぼりArcorn Streetに到着しました。ここは静かな高級住宅街。ボストン出身の建築家チャールズ・ブルフィンチがロンドンのロウハウスをモデルに計画した街。赤レンガと石タタミが落ち着いた雰囲気をあたえていました。

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どの家も玄関の前にお花が飾られて美観を統一されていました。

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ガス灯が並び、日が沈むとともに、ともしび、がいい趣を与えていました。


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とっても素敵な空間です。建国当時のボストンの街並みが偲ばれました。

ブラーミンということばご存じですか?ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントWASP(White Anglo-Saxon Protestant)という概念かもしれないけど、ボストンに初期に入植していたアングロサクソン人から構成される超セレブ、上流階級の人たちのことです。
ボストン在住の人、ボストニアンであれば、Last Nameを聞いただけで、ああ、この人は、ブラーミンかもしれないとわかるそうです。そのブラーミンがかってたくさん住んでいたのがこのBeacon hills。
しかも南斜面のみがブラーミンのつかっていた斜面。北斜面は、First Moneyと呼ばれてブラーミンになりきれなかった成金や黒人がすんでいるそうです。
21世紀の現在、このBeacon hillsの住人は、そのブラーミンの末裔か、よほどの物好。本当のブラーミンは、ボストンダウンタウンを離れ、ノースショアの避暑地に逃れている人が多いそうです。

「ローウェル家はキャボット家とのみ話をし、キャボット家は神とのみ話をする」とか、限られた狭い社交の中で生まれ、育ち、死んでいくのが、このブラーミンの人たち。ハーバード大学もそんなかれらの為に設立された大学だったそうです。しかし、20世紀以降、アメリカ社会も変化していき、ブラーミンの末裔の一部は目覚めこの弊社会から出ていった人たちもいるとか。しかし、いまだに、家族のつながりを大切にするらしいです。日本人、ここまでは入り込んで行けません。

かたや、ボストンの南部には1840年頃にアイルランドから移住してきた人がたくさん住んでいるサウシーという南部の地域もあるそうです。そこはアイルランド系の人たちだけでくらしている、こちらも閉社会。
聖パトリック祭というお祭りが毎年3月に開催されるそうです。そのときには、サウシーから全米に散らばった親族がもどってきて、自分がアイルランド人であることを確認するそうです。

アメリカは「人種のるつぼ」というけれど、それほど、人は混じりあっていないのではないか?
と、思いました。きっと、ボストンの街の中でも人種によって、交わる空間がことなるんでしょうね。

参考
■アフター・アメリカ ボストニアンの軌跡と<文化の政治学> 渡辺 靖 慶應義塾大学出版会
■ボストン建築探訪 小林正美 丸善株式会社

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2017.12.17

ボストン旅行(その16)


L.A. Burdick Handmade Chocolates
(トリップアドバイザー提供)

BPLからBeacon Hillsには徒歩で向かいましたが、途中、美味しいチョコレート屋さんによってきました。Clarendon.St(クラーレンドン通り)に面しているちいさなお店。
■L.A. Burdick Handmade Chocolates
220 Clarendon St, Boston, MA 02116 US

店内には、イートインコーナーもあり、ゆっくり寛いでいるお客さんもいらっしゃいました。ゆっくり、喫茶してくればよかったですかね。我々は、おみやげ目当ての観光客にみえたでしょうね。店員さんに、May I help you?と、言われてしまいましたもの。すかさず、娘さんは、このチョコレートはどれくらいもちますか?と、英語で反応していました。おお、成果がでたか!!

L.A. Burdick Handmade Chocolates
(トリップアドバイザー提供)

お店の中にはいろんなチョコレートがあって目移りしました。いろいろ、悩みましたが、マウスチョコを買ってきました。日本には持ち帰れず、娘さんの血や肉となったわけなのですが。
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チョコレートに対する感覚、アメリカと日本人って違う気がします。ボストンのスーパーマーケットには、普通にゴディバが他のチョコレートといっしょにならんでいるし、日本には入ってこないメーカーも多数ありました。ボストンとシアトルしか知りませんが、アメリカのチョコレート、けっこういける気がします。かたや、日本人にとって、チョコレートってなんか特別は食べ物だし、食べすぎると虫歯になる怖い食べ物という印象が強い気がします。

さて、お次こそ、Beacon Hillをご紹介

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2017.12.03

ボストン旅行(その15)

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ボストン旅行記、まだ続きます。投稿スピードが落ちてきているので年末年始をまたいでしまいそう。いや、そうならないようにがんばります。

さて、今回は、Boston Public Libraryについて、お話をさせてください。

Boston Public Library(BPL)、設立1848年。BostonをAthens of America,アメリカのアテネにすべく、全米は無論、世界で最初にできた公共図書館。いまの公共図書館に共通の制度、辞典や貴重な本は貸し出さない。一方、多数の利用者が利用を希望する一般書は希望の状況に応じて複数本を用意し貸し出す、すべての住民に対してサービスを行うなどの公共図書館の理念はここでうまれました。

最寄り駅はCopley。このCopley、トリニティ教会を中心にコプリー広場が広がっている場所ですが、東京でいえば新宿や銀座のような街。ボストン中から人が集まりやすい所。BPLの真正面がボストンマラソンのゴール。道路に大きく【FINISH】という文字が書かれていました。

Boylston通りに面したJohnson entranceから入る新館は、まるでアップルストアーのようにモダン。図書館という古めかしい名前よりもメディアセンターという言い方の方が正確かも知れません。

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新館入り口から旧館への通路を通過し、

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McKimLobbyにはいると重厚建築の図書館が待っていました。おお、確かに、ここは図書館だわ。
と、感じた次第。

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閲覧室は複数階にあり、Bates hall,Abbey room,Boylston rooom,Elliott room, Washington room,Cushman roomと、各閲覧室には名前がついていました。

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三階にはサージェントが描いたフレスコ風の壁画がありました。女神の額の中心には、ダイヤが埋め込まれているとか、確かにキラキラしていました。

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もっとも感動したのはBates Hall。まるで、ハリーポッターのホグワーツ魔法学校のような雰囲気。高い天井、日当たりのいい窓、重厚なマホガニーのような机、そしてアンティーク調のグリーンランプ。おちつていて良いです。写真におさめたところ、勉強にきている女子学生のお姉さんが微笑んでくれました。こんな環境で勉強ができたるボストン子、ボストニアンがうらやましい限りです。

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最後は、ダートマス通りに面している、McKim entranceから出てきました。こちらはいかにも図書館という顔をしていました。

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ダートマス通り沿いにあったオールドサウス協会前ではジョガーを発見。さすがボストン、日中でもジョギングしている人をたくさん見かけました。

さてお次は、ビーコンヒルズ。赤レンガで趣のある邸宅が並んでいる歴史的風致地区にご案内します。

ここぞ、THE BOSTONだったんんです。



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2017.11.05

ボストン旅行(その14)

■ISABELLA STWART GARDNER MUSEUM
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ISABELLA STWART GARDNER、ボストン上流階級(Boston Brahmin)に属するご婦人の一人。

朽木ゆり子著「邸宅美術の誘惑(集英社)」によると、この美術館は、ガードナー夫人が17歳くらいのころパリに滞在中に訪れたミラノのジャン・ジャコネ・ポルティ・ベッツォーリの邸宅の影響をうけ、創られた。ガードナー夫人の鑑識眼を養った人たちには、チャールズ・エリオット・ノートン(ハーバード大美術史教授)、ボストン在住の作家ヘンリー・ジェームズ※作品に彼女が登場している。バーナード・ベレソン、そして岡倉天心も。イザベラがパトロンとして、ボストンにパリのサロンのようなコミュニティを創り、その中心に彼女がいた。まさにナレッジ・ハブ。
この邸宅美術館、おもしろいです。いわゆるエゴのかたまり。テーマ?ない。まさにいろんな時代、いろんな所の美術品が、展示されていました。

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中庭。きれいで、すてきな所でした。アトリウムというか、インプルウィウムというか、ペリスタイルというか、古代ローマ時代の回廊邸宅風。アトリウムがアトリエの語源らいしですね。その中庭の周りを4階建の建物が囲んでいます。これが私邸だというところに、イザベラの財力のすごさを感じます。

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また、サージェントが彼女をジプシーの女として書いた絵EL Jaleoが印象できでした。
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2階オランダルームには、ルーベンスや、レンブラントの「23歳の自画像」がありました。これらを、間近で見ることができ、幸せ。

さらに、階段を一段あがった先の3階のタイタンルームには、ティツィアーノの「エウロパの略奪」があり、おもわず、「ここにあったのか!」と叫んでいました。ゴシックルームには、サージェントがイザベラに唯一許可されスタジオとして好んで使った部屋です。彼が描いた「Warren夫人とその娘」に描かれている倚子が実際にありました。「これか!」と、叫んでいました。当時のデッサンの様子が写真でのこっているんですね。

この美術館、統一感はないのですが、各フロアーを回ると、イザベラが生涯をとおして何に感動したのかは、よくわかりました。この美術館、いまも、ボストン・ローカル・コミュニティのハブとしての活動が活発なようです。美術館のWebサイトをみていると、単なる展示棚というより、もっとアクティブな創作活動の場ですね。ボストンのパトロンでありナレッジ・ハブだった彼女の活動が脈々と継承されているんですね。


さて、次は、Copleyに移動し、BPL,Boston Public Libraryに行ってみましょう。

※邸宅美術館のリスト
・バーンズ財団/フィラデルフィア・アメリカ
・ポルディ・ペッツオーリ/ミラノ・イタリア
・ジャッコール・アンドレ/パリ.フランス
・シャンティエ城コンデ美術館/シャンティエ・フランス
・マイヤーヴァン・デン・ベルグ/アントワープ・ベルギー
・ロコックス・ハウス/同上
・ヴァン・ビューレン/ブリュッセル・ベルギー
・オスカー・ラインハルト・コレクション/ヴォークトール・スイス
・ラングマット/バーデン・スイス
・ペギー・グッゲンハイム・コレクション/ヴェネティア・イタリア
・ヴィラ&パンザ・コレクション/ヴァーレゼ・イタリア
・フィリップス・コレクション/ワシントンDC・アメリカ
・モーガン図書館&美術館/ニューヨーク・アメリカ
・フリック・コレクション/ニューヨーク・アメリカ


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